2026年5月1日
三菱パジェロの歴史を徹底解説|初代から終焉まで39年の軌跡

三菱パジェロは、1982年から2021年まで約39年にわたって生産・販売されたSUVです。国内では「SUV」という言葉が一般化する以前から、「4WD=パジェロ」というイメージが定着するほどの存在感を誇りました。
この記事では、パジェロが生まれた背景から初代・2代目・3代目・4代目それぞれの特徴、そしてパリ・ダカールラリーでの輝かしい実績まで、パジェロの歴史を体系的に解説します。
目次
- パジェロの源流|三菱ジープが育てた4WD技術
- 初代パジェロ(1982年)|SUVという新ジャンルの誕生
- 2代目パジェロ(1991年)|RVブームの主役へ
- 3代目パジェロ(1999年)|骨格から進化した現代的SUV
- 4代目パジェロ(2006年)|13年の長命と静かな幕引き
- パジェロが日本のSUVに残したもの
- まとめ|三菱パジェロの歴史年表
パジェロの源流|三菱ジープが育てた4WD技術

パジェロの出発点をたどると、1953年にまでさかのぼります。
当時の三菱重工は、米国ウィリス社からジープのライセンス生産を取得。1956年には自社エンジンを搭載した完全国産化を果たし、「三菱ジープ」として民間にも広く販売されるようになりました。
この三菱ジープで長年培われた4WD技術・ノウハウが、のちのパジェロ開発の基盤となります。三菱ジープ自体は2001年まで生産を続け、累計生産20万台超という実績を残しました。
初代パジェロ(1982年)|SUVという新ジャンルの誕生
「乗用車感覚で乗れるオフロード車」という革命
1982年5月、初代パジェロが正式発売されました。それまでの本格的な4WD車は「武骨で扱いにくい」という印象が強く、一般ユーザーには縁遠い存在でした。
初代パジェロが目指したのは、そのイメージを根本から変えることでした。堅牢なラダーフレームとパートタイム4WDによるオフロード性能を備えながら、フロントサスペンションにはダブルウィッシュボーン式独立懸架を採用。乗用車に近い快適性と、高い悪路走破性を両立させた、まったく新しいカテゴリの車として誕生しました。
発売当初のボディタイプは2ドアのメタルトップとキャンバストップの2種のみでしたが、1983年には乗用タイプのワゴンと7名乗車可能なロングボディも追加されラインナップが充実していきます。
パリ・ダカールラリー参戦でブランドが世界へ

1983年、三菱はパジェロのオフロード性能を世界に証明するため、パリ・ダカールラリー(通称:パリダカ)へ初参戦します。パリダカはパリをスタートし、アフリカ大陸を縦断してセネガルのダカールを目指す、当時世界最過酷と呼ばれたラリーです。
初参戦の年に市販車無改造クラスで優勝を果たすと、1985年には日本車として初めて総合優勝を達成。この快挙がヨーロッパや中東市場でのパジェロの知名度を一気に高めました。
1987年には、高級内装と本革シートを採用した上級グレード「エクシード」が登場。乗用車的な快適さを求める層からも支持を集め、初代は最終的に約63万台を販売するヒットモデルとなりました。
2代目パジェロ(1991年)|RVブームの主役へ

世界初「スーパーセレクト4WD」が登場
1991年1月に登場した2代目は、デザイン・性能ともに大幅な進化を遂げました。最大のトピックは、世界初となる「スーパーセレクト4WD」の採用です。
従来のパートタイム4WDは、2WDと4WDの切り替えに一度停車が必要でした。スーパーセレクト4WDは、ビスカスカップリング内蔵のセンターデフによって走行中でも2WD・4WD・4WDロックの切り替えを可能にしたシステムで、オンロードとオフロードの両方で最適な駆動力を発揮できる画期的な機構でした。
あわせてマルチモードABSも採用。デフロック時でもABSが作動するという、当時としては革新的な安全システムも搭載されました。
国内新車販売台数1位を獲得
2代目はRVブームの波に乗り、販売台数が爆発的に伸長。SUVというジャンルが市民権を得ていく時代の中心に立ち、ある時期には国内の新車月間販売台数で1位を獲得するという快挙も達成しました。三菱自動車のフラッグシップモデルとして、まさに絶頂期を迎えていた時代です。
また、同時期にパリダカへの参戦も続き、NHKが連日特集を放映するほどのブームとなりました。パジェロという車名は、この時代に日本全国へ完全に浸透したと言えます。
3代目パジェロ(1999年)|骨格から進化した現代的SUV

ラダーフレーム×モノコックの「ビルトインフレーム構造」
1999年9月に登場した3代目は、車体構造の大転換が最大の特徴です。従来のラダーフレーム単体から、ラダーフレームをモノコックボディに溶接した「ラダーフレーム・ビルトイン・モノコック構造」へと変更。ボディサイズが拡大されたにもかかわらず、約100kgの軽量化と低重心化を実現しました。
サスペンションも全面刷新され、フロント:ダブルウィッシュボーン、リア:マルチリンク式の4輪独立懸架を採用。オフロード走破性を保ちながら、オンロードでの快適な乗り心地と操縦安定性を高い次元で両立しました。
スーパーセレクト4WDは電動切り替え式の「II」へ進化し、前後駆動配分も走行状況に応じて自動制御するよう改良されています。
4代目パジェロ(2006年)|13年の長命と静かな幕引き

洗練されたデザインと最新技術の融合
2006年10月に登場した4代目は、3代目のビルトインフレーム構造を踏襲しながら、外板素材の変更・溶接範囲の拡大・構造用接着剤の採用などにより剛性をさらに向上させました。エンジンフードにはアルミ素材を採用し、フロント周りを大幅に軽量化することで運動性能も改善されています。
エンジンは、MIVECを搭載した3.8L V6ガソリン、3.0L V6ガソリン、そして2010年からはポスト新長期排ガス規制に適合した3.2L直4クリーンディーゼルターボをラインナップ。時代が求める環境性能にも対応していきました。
2019年、国内販売終了

しかし2000年代以降、市場の関心はミニバンや都市型クロスオーバーSUVへと移行。販売台数は徐々に減少し、三菱の経営状況の悪化も重なったことで、2019年8月に国内向けの生産を終了。700台限定のファイナルエディションをもって、日本市場でのパジェロの歴史に幕が下ろされました。
海外向けの生産は2021年7月まで続きましたが、それをもってパジェロというモデルは完全に生産終了となりました。累計生産台数は国内・輸出合わせて約324万台。39年間、世界中のオフロードを走り続けた偉大な1台の歴史でした。
パジェロが日本のSUVに残したもの
今日、日本市場ではSUVが主力カテゴリのひとつとなっています。その礎を築いたのが三菱パジェロであることは間違いありません。
「本格的な4WDでも、普段使いに快適であっていい」というコンセプトは、当時としては革新的でした。パリダカでの輝かしい実績がブランドに信頼性と物語を与え、多くのユーザーが憧れを持ってパジェロを選びました。
スーパーセレクト4WD、ビルトインフレーム構造、4輪独立懸架——各世代で積み上げた技術革新は、現在の三菱車にも受け継がれています。パジェロというモデルは終わりましたが、その思想と技術は確かに次の世代へとつながっています。
まとめ|三菱パジェロの歴史年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1953年 | 三菱重工がジープのライセンス生産取得 |
| 1982年 | 初代パジェロ発売 |
| 1983年 | パリダカ初参戦・市販車無改造クラス優勝 |
| 1985年 | 日本車初のパリダカ総合優勝 |
| 1987年 | 高級グレード「エクシード」登場 |
| 1991年 | 2代目発売・スーパーセレクト4WD採用 |
| 1997年 | 篠塚健次郎選手が日本人初のパリダカ総合優勝 |
| 1999年 | 3代目発売・ビルトインフレーム構造へ |
| 2001〜2007年 | 増岡浩選手がパリダカ7連覇 |
| 2006年 | 4代目発売 |
| 2019年 | 国内向け生産終了・ファイナルエディション発売 |
| 2021年 | 輸出向け生産終了・累計約324万台で幕 |
三菱パジェロが歩んだ39年間は、日本のSUV史そのものといっても過言ではありません。
「本格的な4WDでも、日常使いに快適であっていい」——その一見シンプルなコンセプトは、1982年当時の自動車市場において、ひとつのパラダイムシフトでした。武骨なオフロード車と乗用車の間に横たわっていた壁を取り払い、幅広い層がSUVに乗るきっかけを生み出したのがパジェロです。
パリ・ダカールラリーでの活躍は、単なるモータースポーツの実績にとどまりません。「砂漠を走り抜ける信頼性」というイメージをブランドに刻み込み、日本国内だけでなく、ヨーロッパ・アフリカ・中東にまで三菱パジェロの名を届けました。累計約324万台という生産台数は、その信頼の積み重ねそのものです。
スーパーセレクト4WD、ビルトインフレーム構造、4輪独立懸架——各世代で積み上げた技術革新は、現在の三菱車にも受け継がれています。パジェロというモデルは終わりましたが、その思想と技術は確かに次の世代へとつながっています。
「SUVという選択肢が当たり前にある時代」を当たり前にした。それが、三菱パジェロという車が日本の自動車史に刻んだ最大の功績ではないでしょうか。
